映像とお話で振り返る国立能楽堂40年【能楽観賞日記】#番外編

《国立能楽堂開場40周年記念行事》
特別公開講座「映像とお話で振り返る国立能楽堂40年」その1
国立能楽堂
2023年8月1日(火) 14:00開演

ゲスト:野村萬斎(狂言方和泉流) 
聞き手:金子直樹(能楽評論家) 

*・*・*

今回はトークイベントで、貴重な映像を見ながら、狂言や名手たちに纏わるエピソードを萬斎さんがユーモアを交えながら楽しくお話してくださり、能楽に対する知識や関心が更に深まりました😌

聞き手の金子さんが切戸口から出て一言挨拶すると、すぐさまゲストの萬斎さんが登場。

講座なので、和服と洋服どちらかな?と数日前から気になっていたが(笑)、水色のジャケットにクリーム色のシャツ、青いズボンという、爽やかな洋服スタイルだった(能舞台なので足元はもちろん白足袋)。

「紋付着ようと思ったんだけど、面倒臭くなっちゃった」

😂😂😂

金子さんが「国立能楽堂では洋服の方が貴重ですよね」というと、萬斎さんも袴姿は他でも見れるでしょ、と同意していた。

そして、脇正面側に置かれた椅子に座った瞬間から、お馴染みの貧乏ゆすりの癖が始まった🤣🤣🤣
喋る度に動いてしまう右膝(たまに両膝)故に、この日は特に終始動いてたと思う(コレ何の報告だよw)

あと机に置かれたプリントやチラシを見るときに裸眼だったので、とても見辛そうにしていた(眩しい物でも見るみたいに老眼の顔になっていた😂)

無理せず、いつもの老眼鏡スタイルでも良かったのに…😅

前半は、この40年の間に国立能楽堂にて行われた、万作家の狂言の映像を中心にトーク。武司くんの千歳とか、50代の万作さんの三番叟とか、貴重なお宝映像マンサイである。

ちなみに、その時の万作さんの三番叟は、丁度、烏飛びのシーンだったのだが、2回小さく飛んで、最後に大きく飛ぶスタイルだった。その最初の2回が私の中で雀チックで、とても可愛く見えた😌

「親父もその前はもっとキレッキレだったと思うんですけど、この時はもう次の段階に来てますよね」

萬斎さんも、これまでは全力で三番叟を踏んでた感じだけど、そろそろ次の段階に移行する時期なんだろうか。

実は、この約1ヶ月後に行われた、国立能楽堂開場40周年記念の『翁』での「三番叟」の烏飛びは、この39年前の万作さんと同じ2回小さく飛んで、最後に大きく飛ぶスタイルだったのだ。やはり今の自分と同じ50代の万作さんを意識していたのだろうか。

とても丁寧で綺麗な烏飛びだったので、むしろ今後の三番叟は更に磨きがかかって行くんじゃないかと思いました。ここから能楽師として、どう熟していくのか、ちょっと楽しみなのである😌

*・*・*

ちなみに40年前は、まだ狂言に対して迷ってる時期だったそうで、やる気を出したのは、その1年後くらい。

つまり国立能楽堂が出来て1年後くらいに三番叟を披いてるのだが、出来立ての能舞台は、木の色は今より真っ白で(確かに映像見ると白かった)、床も固くて音が響かない。すると、音を出そうとして強く足拍子を踏んでしまい、足の裏が内出血してしまったと💦

真新しい能舞台も、良いことばかりじゃないというお話でした😅

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あと国立能楽堂が出来る前は、他家の狂言を観る機会は殆どなかったので、他の人の三番叟を観た時は衝撃だったそう。

というのも、足に付いた泥を払う仕草で、万作家では様式美にしたがって、ピッと美しくやるけど、その人はホントに汚いものを払うようなリアルな仕草で(実演してくれたw)

「汚いものを見ちゃった…😱」

という気分になったと😂
更に足の運びも(これも実演しながら)ガニ股の状態でやる人が居たらしく、萬斎さんが「えぇ〜⁉」となるくらい衝撃だったと😂

「誰とは言いませんけどね」

😂😂😂

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「萬斎」という名前について。

金子さんは、当時なんでこんな若い人に隠居名を?と思ったそうだが、本人は「斎」とついているが、それが北斎とか寛斎みたいで、気に入ってるとのこと。

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奈須与市語に纏わるエピソードでは、声変わり後の声が定まるのが遅かったので、奈須与市語の披キが通常より遅かったと。今回観た映像も30代の時のものだけど、本調子ではなく出来に納得してないとのこと(あと開口一番、後見の深田さんの髪がフサフサだったね、と言って会場を笑わせてました🤣)。

「今、オペレッタの演出をしてるんですけど、出演者が40代が多いから、こうもりに出てくる夫婦も40代くらいかと思ってたら、アレ20代で若い夫婦の話なのね!w」

つまりオペラ歌手も声が定まる=役を演じられるようになるまで、ある程度の年齢が必要とのことで、40、50は鼻垂れ小僧と言われる狂言界と通じる物があると。

確かにドラマや映画などの現代劇と違って、演者の年齢=役の年齢とは限らないのは、声優もだけど、特に古典芸能の場合、面白いところだよなァと、思う。だってFFX歌舞伎でも、40代の菊之助さんが17歳の少年を演じても全く違和感なかったからね😳w

後は口伝故に、大事にし過ぎた結果、途絶えてしまった演目を復刻する大切さとか、語ってたかな。そういう企画を行うのが国立能楽堂としての一つの役目だと。

今回もベスポジ(脇正面)からの鑑賞。手前に萬斎さんが座った。

休憩挟んで後半は、萬斎さんが選んだ今は亡き名手達について。先代の又三郎さん、千作さん、千之丞さんとか。そして、万之介さんも。

その人たちについての魅力とエピソードを色々と話してくださり、残念ながら私はその人たちを観ることは叶わなかったけど、お話を聞いていて、役者としても、人としても、とても魅力的な人たちだったんだろうなァと思いました😌

ちなみに万之介さんは、アドが上手いと言うと喜ぶけど、アド役者と言うと「シテも出来るんだぞ!」と怒っていたそうです😅

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あと配布された映像リストに平成五年に行われた「和泉元秀・和泉元彌の鬼瓦」があり、あ、そこも触れるんだ⁉😳…と思ってしまった。

萬斎さん曰く、和泉元秀師について語られることが殆どなくなってしまったのが、残念とのこと。
最後の和泉流宗家ですものね…(息子さんは自称なので認められてません😅)

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あと能のシテ方から、八世 観世銕之亟師。

高砂の八段之舞がとても素晴らしくて、萬斎さん曰く、音を纏っていると。お囃子に合わせるのではなく、音を纏う、これが萬斎さんが好きな理想のスタイルなんだそう。

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ワキ方からは、宝生閑師(最近、人間国宝になられた宝生欣哉師のお父上)。

萬斎さんがアイでグワーッと勢いで行くと、相手も勢いで返してくれる方だったとか(息子はスッと引くタイプ😂)

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ラストは、新作狂言や新作能について。

「鮎」以外、知らない新作ばかりで、他にも色々と作られてたんですねぇ。だけど当時抱いた不満を毒づいてたので(笑)再演してないということは、そういうことなのか😂

先代の千作・千之丞師によるスーパー狂言「王様と恐竜」にて、道成寺で使う屋根の滑車を使った演出については、萬斎さんも、せっかくあるのだから道成寺以外でも使ったって良いんですよ、と主張。

実は、鬼滅の刃でも滑車を利用して首を吊るして飛ばそうかと思ったけどヤメました、とのこと😂

他でも滑車を使おうとしたら「親父にやめろと言われました」と言ってました😂
萬斎さんの演出について、万作さんが口出すこともあるんですねぇ🤔

萬斎さんは映像を見ながら、新作を能楽堂でやる意味についてちょっと考えてしまったようですが(要はこの内容ならホールの方が良くないかと)、でも、新規のお客さんに能楽堂に足を運んで貰うという意味では、価値はゼロではないなァと思う。

FFX歌舞伎や、とうかぶの成功みてると、話題性のある新作って大事だなと改めて思ったんですよ。新作観て面白いな、敷居高くないな、と感じたら、ちゃんと古典への興味に繋がるんです。この国に生まれた者として、伝統芸能に一度でいいから触れてみたいと思ってる方はたくさん居るんです。キッカケが無いだけで。

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最後に、萬斎さんが国立能楽堂に期待することを話して終了。

国が唯一運営する能楽堂として、既に行ってる定例公演はもちろん、復刻や新作の企画だったり、養成所のことだったり、力を入れて欲しい部分について語っておりました。

ということで、萬斎さんはトークが上手いので、とても楽しく充実した2時間オーバーでした。覚えてる範囲で書いたけど、これほんの一部なんですよ😅

公演はたくさん観てきたけど、意外とトークとなると機会が限られてるので、今回はホントに貴重な公演だったなァと思いました。

仕事溜まるの覚悟して有給使った甲斐がありましたわ(笑)

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