高校遠足以来の鎌倉にて②【能楽観賞日記】#26

能を知る会 鎌倉公演・昼の部
鎌倉能舞台
2022年10月18日(火) 14:00 開演

(前回の続き)

昼の部も朝と同じような位置で観ようと思ったんだけど、前の席に大柄の男性が座ってしまって視界が悪かったので、それならば!と、橋掛りの近くで観ようと思って、まだ空いてた揚幕の真ん前へ(笑)席さえ空いてれば移動できるのは自由席のメリットかも。

ここで、萬斎さんガン見してやるぅ!!(揚幕、近ッ!ww

ということで、脇正面の橋掛り側のお席のメリットとして、出てきた瞬間の推し様を超至近距離で観れるのはもちろんなのですが、他にも「おま〜く」(幕を上げる合図)って声が聴こえてきたり、他にも中でガタガタしてるの聴こえてきたり(笑)、お能の装束を皺が確認出来るくらい間近で観れたりと、これはこれで凄い楽しめました。

橋掛りに居るシテと本舞台に居るワキの会話なんか、私の座席位置からだととても立体的でダイナミックに感じられ、逆にVRみたいな感覚になりましたよ。演目自体は後ろ側から観ることになっちゃうけど、こんな近くでお能の演者を観ることなんて中々無いよなァと思ったら、とても貴重な体験だったと思います。

ちなみに昼の部も、前のお席がたまたま空席(諸事情で…以下略)で、観やすくなっていてラッキーだったのですが、何なんだろ。。。私の場合、能楽に限らず、某灰色バンドさんのライブとか、夏に行ったオケコンとか、前が空いてたとか、両サイドが空いてたとか、こういうケースが多いんですよねぇ(苦笑

狂言「膏薬煉」

シテ/上方の膏薬煉:野村萬斎
アド/鎌倉の膏薬煉:内藤連
後見:野村裕基

【あらすじ】ある日ばったりと行きあった鎌倉の膏薬煉(演:内藤連)と上方の膏薬煉(演:野村萬斎)は、どちらも自分自身こそが名人だと自負しているため、言葉巧みに自分の方が上手であると張り合うが決着がつかない。そこでふたりはお互いの膏薬を使って、どちらの膏薬の「吸い出す強さ」が強いか競い合うことに…。

※膏薬煉=薬屋のようなもの
※膏薬=薬品を紙片または布片に塗って患部に貼ることで毒を吸い出す外用薬のこと

*・*・*

貫太先生が膏薬とはなんぞやと萬斎さんに訪ねたところ、デトックスのようなもの、と答えたそうです(わかりやすい)。はい。

「膏薬煉」凄い楽しい、お狂言でした!!🤣

前半はお互い語りで競い合うのですが、奈須与市語かよ、とツッコミたくなるような立派な語り口調で、でも言ってる内容は破茶滅茶で🤣🤣🤣

そして膏薬煉の二人は、膏薬を塗った短冊状の紙を実際に鼻に付けて垂らし、これで相手を吸い寄せた方が勝ちという「吸い比べ」を始めるのですが、コレがなんかもう、二人がじゃれあってるようにしか見えなくて🤣🤣🤣

アドの内藤さんが相手役として、とっても良かったです。彼の芸風が、雄々しく硬派なので観ててカッコイイですよね。そこに萬斎さんが変化球で攻めて行くんですよ。唯一無二のあの声で。その瞬間、あぁ、狂言師・野村萬斎の芸風が好きだなァと再確認しました😌

互いの芸風のバランスが凄く良かったです。お互いを引き立てあってるような感じで。

後ろ側からの観賞でも十分面白さは伝わってきましたが(私、位置的に殆ど萬斎さんの横顔を観てたよw)ドタバタが激しい演目なので、次は正面から観たいなァと思いました😌

能「千手」郢曲之舞

シテ/千手前:遠藤喜久
ツレ/平重衡:中森貫太
ワキ/狩野介宗茂:殿田謙吉

【あらすじ】一ノ谷合戦の後。生け捕られた平重衡(ツレ)は鎌倉に送られ、狩野介宗茂(ワキ)に身柄を預かられていた。源頼朝は重衡を憐れみ、手越の長の娘・千手ノ前(シテ)を遣わして慰めた。ある日、重衡は出家の望みが許されなかった事を千手から告げられ、自身が行った南都焼き討ちの報いだと嘆く。重衡を慰めようと千手は酌をし、朗詠を吟じて舞を舞う。いつしか興に乗った重衡も琵琶を弾き、千手も琴を合わせて心を通わす。しかし、東の空が明るくなり始めて酒宴も終わりとなり、程無くして重衡は勅命により再び都に送られる事になる。重衡は悲しみに打ちひしがれ、千手も涙を流して見送るのであった。

*・*・*

朝の部に引き続き、こちらも人間ドラマを感じさせられる現在能で、シテの舞に魅入ってしまいました。朝の部が男舞だったので、対照的で良かったですね。ラストの重衡を見送る千手の姿(能面)からは切ない気持ちが伝わってくるようでした。こちらも全く眠くならず、良いお能でした。

ちなみに「郢曲之舞」という小書がつくと、シテの長い舞やら何やら、退屈な部分がカットされるそうで、そういう意味でも「良いお能」でした(笑

最後はお馴染み、貫太先生による質疑応答コーナーですが、以下、覚えてる範囲内で・・・。

●お能と狂言の演目の関連性について

普通は、関連付ける必要性や決まりは全くないそうで、むしろ昔は、装束などが被らないように敢えて避けてたんだとか。

でも「能を知る会」の場合は、普段からお能の演目も教えてくださいと萬斎さんに言われてるそうで、萬斎さんはいつもお能の演目に合わせて、狂言の演目を決めているようです(今回は大河の「鎌倉殿の13人」という気合いを入れたテーマになってたので、そこに合わせてもらったようですが。あとはお能と狂言の上演時間のバランスで決めることもあるようです)。

そういえば以前、萬斎さんがラジオでも言ってましたね、お能の会で狂言をやる意味を上げたいって。狂言師であると同時に、演出家でもある萬斎さんらしい考え方だなと思いました。

(この時の質問、私が送ったんですけど、丁寧に答えて頂けて嬉しかったですね😄)

それを聞いて以来、お能の会に行くときは、お能と狂言の演目の組み合わせについて、ちょっと考えるようになりました。この組み合わせに意図はあるのか、ないのか、ってね。

●お能の後見について

お能の場合、必ず二人居るんですけど、右側がシテに事故が起こったときに、その代役を務めるという重要な役目を務める人で一番エライ人。代役を務める以上、その演目の経験者でなければならず、通常は師匠が付くそうです。んで、もう片方が、シテが倒れた時に引き摺り出す役目の人なんだとか😓

狂言でも一人後見が付きますが、そちらは逆にお弟子さんが付いたりする場合が多いですね。ただ、釣狐だけは経験者しか後見を務められないそうなので、この辺の理由はお能と一緒なのかもしれません。

●女性の能楽師について

現在、能楽師の全体の1割は女性。しかし、謡のキーの都合上、なかなか男女混合で演目を行うのが難しいのだとか。今回みたいに、ツレのみで単独で謡うような演目ならば出演が可能。

ちなみに最近は囃子方の方で女性が増えてるみたい。だけど太鼓や大鼓など、力強さを必要とするものに関しては、なかなか女性の玄人さんが現れないのが現状なのだとか。

●観世流は小書が多い

特殊演出を表す「小書」。観世流はその「小書」が多いらしい。ちなみに、オリジナル版を演じた者でないと、小書付きの演目はやってはいけないそうです(それは何となくわかるw)。

帰りに鎌倉能舞台さんの来年のカレンダーを購入しました。

表紙が今年3月、横浜能楽堂にて行われた「隅田川」。貫太先生のお孫さんが子方を務めた貴重な一枚(そして囃子方の亀井広忠さんも写ってるのが👍)…なのですが、先生曰く、本当は子方がこんなところに立ってちゃいけないらしい😂3歳児なので言うこと聞かず😂

でも可愛いから良いのです。
この「隅田川」は、私が能楽観賞デビューした公演だったので、記念に購入させて頂きました😌

▼今回の「能を知る会 鎌倉公演・朝の部」はコチラ

▼前回観賞した「能を知る会」はコチラ

AD

シェアする